弁護士ノート

lawyer notes

独禁法に基づく差止請求訴訟の訴額

2021.03.11 弁護士:河部 康弘 独占禁止法 知的財産訴訟

1 独禁法事件と訴額
小林・弓削田法律事務所では,知財と独禁法が絡む案件や,知財は絡まなくても技術と独禁法が絡む案件について,独禁法に基づく差止請求・損害賠償請求訴訟を扱うことがあります。

公正取引委員会の年次報告には,その年に係属していた全国の独禁法24条に基づく差止請求事件,独禁法25条に基づく損害賠償請求事件の件数と事案の概要が記載されています。数えてみたところ,過去10年間の独禁法に基づく差止請求訴訟の件数は41件でした。

私が小林・弓削田法律事務所に入所してからの8年間で扱ったのは3件です。年間4件くらいしか新件がないことを考えれば,独禁法24条に基づく差止請求訴訟というニッチな分野に限って言えば,弊所もそれなりに取扱いが多い方なのかなと思います。
今回は,そんな独占禁止法に基づく差止請求等請求事件で問題となる訴額の計算方法について,取り上げてみます。

2 訴額とは?
訴額は,原告が裁判をするに当たって裁判所に納める手数料(印紙代)の算定根拠となるものであり,原告の請求どおりの判決が出た場合に原告が受けるであろう経済的利益から算出されます。例えば100万円を返せという請求であれば100万円が訴額になり,それを根拠に裁判所に納める手数料が決まります。

100万円を支払えという請求の経済的利益が100万円であるというのは分かりやすいのですが,請求の内容によっては,経済的利益はいったいいくらなのか,算出が難しい場合があります。こういった案件では,我々弁護士は,印紙代を抑えようとなるべく訴額が低くなるような理屈を考えることになります。

私の取り扱った案件では,土地の権利証を返せという請求をしたことがありました。土地の権利証は土地そのものではありませんし,いくらにしようか悩みましたが,その際は,権利証なしで登記の名義を変更する場合にかかる費用を根拠にした結果,裁判所は認めてくれました。

3 独禁法に基づく差止請求の訴額は? 
特許権や商標権に基づく差止請求訴訟については,東京地裁の知財部が,どうやって差止請求訴訟の訴額を計算するのか,算定式を示してくれています。

ところが,独禁法の場合,知財と比較して差止請求訴訟が少ないのか,このような算定式が示されていません。そこで,独禁法に基づく差止請求訴訟を提起しようとする弁護士は,どうやって訴額を計算すればいいのか(どうやってより安い印紙代で訴状審査を乗り切ろうか),非常に悩ましい問題に直面します。

この点について参考になる本として,最高裁判所事務総局行政局監修の『独占禁止法関係訴訟執務資料』があります。

この本によると,最高裁で開催された独占禁止法関係訴訟研究会での議論では,「最高三昭49.2.5判(民集28巻1号27頁)が,訴訟の目的の価額が特定企業の将来の営業収益を基礎として算定される場合について,諸要因を考慮して裁判所の裁量によって具体的に算定すべきであるとしていることから,独占禁止法24条に基づく差止請求についても,過去の営業収益や利益率などの諸要因を考慮して,できる限り訴訟の目的の価額を算定していく必要があるとする点で意見が一致した。ただ,当該行為の性質,態様によっては,損害の金銭的な評価が困難である場合も考えられ,『訴訟物の目的の価額を算定することが極めて困難なもの』に当たる場合もあるのではないかとの意見も出された。」とされています。

以前に行った独禁法に基づく差止請求訴訟では,裁判所が算定式を示していないので,この記載を拠り所に,「訴訟物の目的の価額を算定することが極めて困難なもの」に当たるとして差止請求権の訴額を160万円で押し通そうとしたのですが,残念ながら認められず,結局,裁判所から,1年分の利益相当額で計算をするようにという指示がありました。

独禁法に基づく差止請求訴訟をする際には,とりあえずは1年分の利益相当額で訴額を計算すればよいものと思われます。

(河部)

BACK