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パリ条約に基づく優先権についての知財高裁の判決のご紹介

2021.11.04 Thu
  • 特許法
  • 弁護士/平田 慎二

1 パリ条約4条Fによる部分優先の解釈についての初の裁判例
 パリ条約4条Fによる部分優先について初めて判断を示した知財高裁の判決(「ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット」事件(知財高判令和2年11月5日令和元年(行ケ)第10132号)。以下「本判決」といいます。)をご紹介します。
 パリ条約による優先権の主張の効果が認められるか否かの判断手法については、裁判例の蓄積が少なく、実務家にとっても判断が難しいものとされていますが、本判決はその一助になるものです。なお、本判決に対しては上告受理申立てがなされましたが、最高裁は上告不受理決定をし、知財高裁の判断を維持しましたので、先例としての価値を有するものといえます。

2 事案の概要
 本件の特許出願は、米国の発明者が米国における仮出願を基礎出願として、パリ条約に基づく優先権を主張して国際特許出願をし、日本に手続が国内移行したものです。特許査定(特許第5575340号)となった後、無効審判請求がなされ、特許の有効性が争われました。米国における仮出願と国際特許出願との間に、米国における仮出願に記載された発明と同一の内容が開示された動画が公表されていたため、パリ条約に基づく優先権の主張の効果が認められるか否かが争点となりました。
 なお、本判決の関連事件である特許権侵害訴訟(弊所が代理人)の東京地裁の判決は、裁判所のウェブサイトにおいて公開されております(東京地判平成30年3月1日平成26年(ワ)第14635号・平成29年(ワ)第24571号)。

3 本判決によるパリ条約4条Fによる部分優先の判断手法
 本判決は、パリ条約4条Fによる部分優先の解釈について、特許発明に含まれる基礎出願に係る発明が一まとまりの完成した発明を構成している場合、「当該特許出願に係る特許を無効とするためには、単に、その特許が、パリ優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことが認められるだけでは足りず、当該構成部分が、引用発明に照らし新規性又は進歩性を欠くことが認められる必要があるというべきである。」と判示しています。そして、この理由を、「このように解することがパリ条約4条Fの文言に沿うばかりではなく、このように解しないと、例えば、特許権者がAという構成の発明について外国出願をし、その後、その構成を含む発明Bが公知となった後に、わが国において、パリ優先権を主張し、構成Aと、前記外国出願には含まれないが、発明Bに対して新規性、進歩性が認められる構成Cを合わせた構成A+Cという発明について特許出願をした場合、当該発明は、構成Aの部分は、発明Bよりも外国出願が先行しており、優先権も主張されており、かつ、構成Cは、発明Bに対し新規性、進歩性が認められるにも関わらず、前記外国出願に含まれない構成Cを含んでいることのみを理由として構成Aについての優先権までが否定され、特許出願が拒絶されるという結論にならざるを得ないが、そのような結論は、パリ条約4条Fが到底容認するものではないと考えられるからである。」としています。
 つまり、本判決は、特許発明が基礎出願に含まれていなかった構成を含むとしても、そのことだけで優先権が否定されるのではなく、基礎出願に含まれていなかった構成が新規性又は進歩性を欠如する場合に限り、優先権が否定されるという解釈を採っています。

4 本判決における具体的な判断
 本判決は、特許発明の構成のうち基礎出願に含まれるか否かが争われた4つの構成は、「それぞれ独立した発明の構成部分となり得るものであるから、引用発明に対する新規性、進歩性は、それぞれの構成について、別個に問題とする必要がある。」と判示し、4つの構成のうち3つの構成については、新規性又は進歩性を欠如すると認められないので、優先権の主張の効果が否定されないと判断しました。また、残りの1つの構成については、基礎出願に明示的な記載がないとしても、技術常識を考慮して、基礎出願の記載の想定の内に含まれていると認められると判断しました。

5 コメント
 本判決は、優先権の主張の効果を判断する際に、特許発明の構成が基礎出願に含まれているか否かのみを判断するのではなく、当該構成が新規性又は進歩性を欠如するか否かも判断する必要があると結論付けています。これに対し、特許庁の審決のみならず原告及び被告のいずれも、そのような判断手法を採用していません。法令の解釈は裁判所の専権事項であるため、知財高裁が当事者の主張にはない判断手法を採用したものと考えられますが、珍しいケースだといえます。
 私が特許庁に審査官として入庁した平成18年当時、庁内の研修では、「人工乳首」事件(東京高判平成15年10月8日平成14年(行ケ)第539号)を題材にして、優先権の議論が行われていました。個人的には、この判決は優先権の範囲を制限するものであり、現在では事例判決として扱われるべきものだと考えています。近年の裁判例である「旋回式クランプ」事件(知財高判平成24年2月29日平成23年(行ケ)第10127号)においては、「人工乳首」事件判決とは異なるアプローチを採って、優先権の主張の効果を認めています。
 特許・実用新案審査基準(第V部 第 1 章 パリ条約による優先権)においては、パリ条約による優先権の主張の効果についての判断の基本的な考え方として、日本出願の請求項に記載された発明が、基礎出願の書類全体に記載された事項との関係で新規事項の追加に該当するか否かを基準としており、基礎出願に含まれていなかった構成が新規性又は進歩性を欠如するか否かを要件とはしていません。本判決は、部分優先について、特許庁の実務とは異なる判断手法が示されたという評価もできるといえます。
 また、本判決が、基礎出願に明示的な記載がない構成について、技術常識を考慮して、基礎出願の記載の想定の内に含まれていると認められると判断したことも注目すべき点です。優先権を主張する出願の記載と基礎出願の記載を形式的に対比するだけでなく、当事者にとっての技術常識を適切に考慮することによって、基礎出願に明示されていない構成であっても、優先権の主張の効果を認めることは、特許発明の適切な保護に資する流れだといえます。

6 優先権を主張する特許出願前に発明を公開することのリスク
 本特許については、無効審判請求が2度なされており、優先権に関する主張は、2度目の無効審判請求で初めて請求人が行ったものです。
 本件のように、特許出願の前に発明が公開される事案は珍しいものではなく、優先権の基礎となる特許出願をしたことに発明者が安心して、優先権を主張する特許出願をする前に、特許発明を公開してしまうことはしばしば起こりえます。筆者の経験上、特許庁における審査段階では、公知・公用になった発明が問題となることは少ないため、特許出願前に発明を展示会やウェブサイト上で公開していても特許査定には至ります。しかし、このような場合は、権利行使段階において、被疑侵害者側から公知・公用による新規性又は進歩性欠如の無効理由が主張される可能性があります。優先権を主張する特許出願の全ての構成について優先権が認められるとは限らないため、特許出願前に発明を公開することについては、優先権の基礎となる出願が完了していても、十分に注意する必要があります。

(平田)

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