弁護士ノート

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実験結果は裁判所に信用してもらえるのか?-しいたけ種苗法の事件-

2025.12.01 弁護士:河部 康弘 弁護士業務

 今回は、最近の知財裁判例である東京地方裁判所令和4年(ワ)第2829号事件を取り上げます。
 この事件は、種苗法に関する珍しい類型の事件で、対象となった農林水産物の種類はしいたけです。もっとも、争点は難しいものではなく、原告が提出した鑑定結果が信用できるのか、この一点に集約されます。

 本判決では、鑑定結果の信用性について、以下のとおり判断しています(19頁2行目以降)。
                   記
 本件各植継行為等には、いずれも原告があらかじめ用意していたPDA培地を封入した本件試験管が使用されたところ、本件試験管にはPDA培地以外には何もないことを種苗管理センター職員が目視で確認していたことが認められる。しかしながら、・・・しいたけの菌糸は目視できない程度の大きさでも十分に存在し得るものであり、あらかじめ寒天培地で培養した目視できない程度の大きさの菌糸を試験管の培地上に塗布又は滴下した場合、菌糸を 目視できるまで十分に生長させることができることが認められる。そのため、種苗管理センター職員は、原告が本件試験管に原告品種の菌糸を事前に塗布又は滴下していた場合であっても、当該菌糸を目視で確認することはできないものといえる。
 そうすると、原告は、種苗管理センター等の第三者機関ではなく、原告自らあえて自社内で事前に本件試験管を準備するなど、原告品種の菌糸を混入させるに十分な時間があったことを踏まえると、本件試験管に目視できない程度の大きさの原告品種の菌糸を事前に混入することが十分可能であったというべきである。のみならず、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各植継行為等の後、本件親株を自ら又は種苗管理センターをして廃棄し、その合理的な理由を説明していないのであるから、原告は、本件各植継行為等の事後的な検証を自ら不可能にさせていることが認められる。 
 これらの事情を総合すると、原告が本件試験管に原告品種の菌糸を事前に混入していた可能性を十分に否定することはできず、これを前提とする本件鑑定の結果は、その信用性を欠くものと認めるのが相当である。

 裁判所は、「本件試験管にはPDA培地以外には何もないことを種苗管理センター職員が目視で確認していたことが認められる」として、種苗管理センター職員という第三者が目視した事実については、信用を置いています。

 しかし、「原告は、種苗管理センター等の第三者機関ではなく、原告自らあえて自社内で事前に本件試験管を準備するなど、原告品種の菌糸を混入させるに十分な時間があったことを踏まえると、本件試験管に目視できない程度の大きさの原告品種の菌糸を事前に混入することが十分可能であった」として、原告自らが準備を行っている点を問題視しています。

 訴訟の当事者というのは、自らに有利な実験結果になるように細工をしたいというインセンティブが常に存在し、そのため自らに有利な実験結果を裁判所に提出する際には、客観性が担保できていることを示す必要があります。
 相手方ならどこにケチをつけるだろうかという視点を持ち、どこに作為が入り込む余地があるのかを事前に検討しておくことが重要です。例えば、終始ビデオカメラで記録しておく、第三者機関に実験を依頼する、公証人を立ち会わせて事実実験公正証書を作成するなど、客観性を担保する対策を講じておかなければなりません。こうした対策を怠ると、せっかく多くのコストと手間をかけて作成した実験結果であっても、裁判所に取り合ってもらえないおそれがあります。

 本件の場合は、「のみならず、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各植継行為等の後、本件親株を自ら又は種苗管理センターをして廃棄し、その合理的な理由を説明していない」という、余計に疑われる事情が存在するので、猶更です。

 知財事件では、構成要件解釈が争われ、事実自体に争いがないことも多いですが、本件のように実験結果が重要となる事案では、証拠の信用性が問題になることもあります。
 知財部の裁判官も、知財部以外の時期には、事実関係、証言や証拠の信用性が主要な争点となることが多い一般の民事訴訟を取り扱っています。
 本件は種苗法という特殊な事例ではありますが、裁判所の感覚を知り、どのような実験であれば裁判所に信用されるのかを考えるにあたって、本判決は非常に参考になる事例だと思いました。

弁護士 河部 康弘

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