弁護士ノート

lawyer notes

知財裁判例紹介①

2016.01.29 弁護士:河部 康弘 商標法 知的財産訴訟

1 知財みちしるべの松下先生に講義をしていただきました

弊所では、昨年末に、知財業界で有名なブログ「知財みちしるべ」を運営なさっている古谷国際特許事務所の松下正先生に、最新判例についての講義をしていただきました。

講義では、藤沼弁護士とともに、改めて最新の裁判例チェックをすることの重要性を痛感させられました。わずか4か月でブログ更新が止まってしまった私の経験に鑑みると、10年以上も最新知財裁判例にあたり、「知財みちしるべ」を更新し続けている松下先生の継続力には、頭が下がるばかりです。

というわけで、松下先生に倣って、今後、藤沼弁護士とともに、随時知財高裁のウェブサイトで「最近の審決取消訴訟」と「最近の侵害訴訟等控訴事件」に掲載されている判決の中から、気になるものを取り上げていきたいと思います。継続的な判例チェックの動機付けにもなりそうですしね。コメントの内容は、弁護士らしい視点を出せるようにしたいと考えています。

2 知財高裁平成27年8月3日判決

だいぶ前の判決になってしまいますが、協力関係にあった会社が仲違いした後に、片方が勝手に商標権を取得してしまうという事例は結構多い(私も複数件に携わったことがあります。)ので、第1回目の裁判例紹介は、知的財産高等裁判所平成27年8月3日判決(平成27年(行ケ)第10022号及び第10023号)を取り上げます(以下「本件判決」といいます。)。

本件判決では、商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標」について、以下のとおり判示しています。

以上のとおり、被告による本件出願は、原告チェーン店のフランチャイジーである夢の郷社の実質的経営者として、旧A商標に係る商標権を尊重し、原告による当該商標権の保有・管理を妨げてはならない信義則上の義務を負う立場にある被告が、旧A商標に係る商標権が存続期間満了により消滅することを奇貨として本件出願を行い、原告使用商標に係る商標権を自ら取得し、その事実を利用して原告との金銭的な交渉を自己に有利に進めることによって不当な利益を得ることを目的として行われたものということができる。

そして、このような本件出願の目的及び経緯に鑑みれば、被告による本件出願は、原告との間の契約上の義務違反となるのみならず、適正な商道徳に反し、著しく社会的妥当性を欠く行為というべきであり、これに基づいて被告を権利者とする商標登録を認めることは、公正な取引秩序の維持の観点からみても不相当であって、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する」という商標法の目的(同法1条)にも反するというべきである。してみると、本件出願に係る本件商標は、本件出願の目的及び経緯に照らし、商標法4条1項7号所定の『公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標』に該当するものといえる。

このように、本件判決では、原告と被告の私的な争いについて、わりとあっさり商標法4条1項7号の適用を認めているように見えます。

3 商標法4条1項7号の公序良俗違反

⑴ 知財高裁平成23年10月24日判決

本件判決以前の判決を見ておきましょう。知的財産高等裁判所平成23年10月24日判決(平成23年(行ケ)第10005号及び10104号)は、以下のとおり判示しています。

「商標法4条1項7号は、商標それ自体が公の秩序又は善良な風俗を害する場合に、これに商標権を付与することは、「商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益の保護をすること」との商標法の目的に反することから、商標法所定の保護を与えないものとした規定である。もっとも、同号は、上記のような場合ばかりではなく、周知商標等を使用している者以外の者から登録出願がされたような場合においても、商標保護を目的とする商標法の精神に反するなどとの理由で、適用される事例もなくはない。しかし、商標法は、出願に係る商標について、特定の利害を有する者が存在する場合には、それぞれ類型を分けて、商標法所定の保護を与えないものとしている(商標法4条8号、10号、15号、19号参照)ことに照らすと、周知商標等を使用している者以外の者から登録出願がされたような場合は、特段の事情のない限り、専ら当該各号の該当性の有無によって判断されるべきといえる。周知商標等を使用している者が、出願を怠っている場合や他者の出願を排除するための適切な措置を怠っていたような場合にまで、「公の秩序や善良な風俗を害する」ものとして、商標法4条1項7号の適用があり得ると解するのは、妥当ではない。」

⑵ 知財高裁平成20年6月26日判決

さらに、知的財産高等裁判所平成20年6月26日判決(平成19年(行ケ)第10391号)では、以下のとおり判示しています。

また、当該出願人が本来商標登録を受けるべき者であるか否かを判断するに際して、先願主義を採用している日本の商標法の制度趣旨や、国際調和や不正目的に基づく商標出願を排除する目的で設けられた法4条1項19号の趣旨に照らすならば、それらの趣旨から離れて、法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ」を私的領域にまで拡大解釈することによって商標登録出願を排除することは、商標登録の適格性に関する予測可能及び法的安定性を著しく損なうことになるので、特段の事情のある例外的な場合を除くほか、許されないというべきである。

そして、特段の事情があるか否かの判断に当たっても、出願人と、本来商標登録を受けるべきと主張する者(例えば、出願された商標と同一の商標を既に外国で使用している外国法人など)との関係を検討して、例えば、本来商標登録を受けるべきであると主張する者が、自らすみやかに出願することが可能であったにもかかわらず、出願を怠っていたような場合や、契約等によって他者からの登録出願について適切な措置を採ることができたにもかかわらず、適切な措置を怠っていたような場合(例えば、外国法人が、あらかじめ日本のライセンシーとの契約において、ライセンシーが自ら商標登録出願をしないことや、ライセンシーが商標登録出願して登録を得た場合にその登録された商標の商標権の譲渡を受けることを約するなどの措置を採ることができたにもかかわらず、そのような措置を怠っていたような場合)は、出願人と本来商標登録を受けるべきと主張する者との間の商標権の帰属等をめぐる問題は、あくまでも、当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから、そのような場合にまで、「公の秩序や善良な風俗を害する」特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当でない。

以上のとおり、今回取り上げた判決と異なり、上記2つの判決では、商標法4条1項7号の適用範囲を他の条項では拾い切れないものに限定した上で、他の条項では拾い切れない場面であっても、例外的な場合しか公序良俗違反による救済は行うべきではないとしています。

4 実は判断手法は変わっていない?

このように、一見すると、本件判決と上記2つの判決は、判断が分かれているようにも読めます。しかし、本件判決が規範部分を明示しなかっただけで、本件判決のいう「適正な商道徳に反し、著しく社会的妥当性を欠く行為」というのは、上記2つの判決の「特段の事情」に該当していると読めないこともない気がします。原告と被告の私的な争いについて、本件判決が上記2つの判決よりも簡単に商標法4条1項7号の適用を認めたというのは、性急なのかもしれません。

5 請求人側であれば…

以上のとおり、今後の知財高裁が商標法4条1項7号の適用についてどのような判断を下すかは、依然として分からないところではありますが、いずれにせよ、商標を無効とする無効審判の請求人側からすれば、今回取り上げた本件判決は、信義則違反のような形でとにかく相手の不誠実さを取り上げれば主張できる、使い勝手の良い判決といえそうです。

(河部)

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