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特許権侵害訴訟において差止請求と損害賠償請求を分けることの意味

2023.08.01 弁護士:平田 慎二 特許法 知的財産訴訟

 特許権が侵害されている場合、侵害品の製造、販売等の差止を求めることができる(特許法100条)とともに、侵害行為により被った損害の賠償を求めたり(民法709条)、実施料相当額の不当利得の返還を求めることができます(民法703条)。

 そのため、特許権侵害訴訟の訴訟物は、大別して①原告が被告に対して有する差止請求権(特許法100条)と②損害賠償請求権(民法709条)又は不当利得返還請求権(民法703条)の二種類となります。そして、両者の訴訟を同時に提起する場合、一つの事件に併合することにより手続が簡素になるため、両者を1通の訴状にまとめて記載することが一般的です。他方、訴訟戦略上、あえて差止請求と損害賠償請求を分けて提起し、別事件として審理を進めることにメリットがある場合があります。本稿では、特許権侵害訴訟において差止請求と損害賠償請求を分けることの意味を解説します。

 差止請求と損害賠償請求を一つの事件とする場合、現在の裁判所の運用では2段階審理方式[i]を採用していることから、差止請求の審理(侵害論の審理)が終わっても、損害賠償請求の審理(損害論の審理)が続くことになります。後者の損害論の審理においては限界利益の複雑な計算を必要とすることから、審理期間が長引くことが多くなります。そのため、差止請求の審理が終わっているにもかかわらず、損害賠償請求の審理が終わらないため、差止判決が出ないという状況が続いてしまいます。

 そこで、差止請求と損害賠償請求を別々に訴訟提起することによって、差止請求の審理が終わった段階で、損害賠償請求の審理に引っ張られることなく、早期に差止め判決をもらうことができます。これが、両者を別事件とすることのメリットです[ii]

 ここで、差止請求の判決を早くもらいたいのであれば、最初は差止請求だけを提起すればよく、損害賠償請求は裁判所で差止請求が認められた後に提起すればよいという考えもあるかもしれません。しかし、不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)の消滅時効は3年であるため(民法724条)、差止請求の審理が終わる前に時効が完成する可能性もあります。したがって、時効の完成を猶予させるためには、損害賠償請求を差止請求と同時に提起する必要性があります。

 また、差止請求と損害賠償請求を分けて提起する場合、判断する裁判官が異なるのではないかという懸念があるかもしれません。確かに、裁判所が事件を受け付けた段階では、差止請求と損害賠償請求が別々の担当部[iii]に係属することになります。ですが、第1回口頭弁論期日が指定される段階では、両事件が同じ部に係属し、同じ期日で併行して審理されることになります。そのため、両事件が併合されている場合とほとんど同じ形式で審理が行われます。

 他方、差止請求と損害賠償請求の土地管轄は、被告の本店所在地や侵害品の販売形態によっては別々になってしまう可能性があるので、両者を分けて請求する場合には、この点に注意が必要です。

 まず、差止請求の土地管轄について説明すると、①被告の住所・本店所在地(普通裁判籍所在地)と②侵害品の販売地等(不法行為地)に管轄があります。これに対し、損害賠償請求の土地管轄は、これらに加えて、③原告の住所・本店所在地(義務履行地)にも管轄があります。つまり、損害賠償請求の土地管轄の方が、差止請求よりも多いため、両者の土地管轄が別々になる可能性があります。

 例えば、原告の本店所在地は東京にあるため、東京地方裁判所に訴えを提起したいと考えているケースであって、被告の本店所在地が西日本にあり、侵害品の販売地等も西日本である場合を想定します。この場合、損害賠償請求については、原告の本店所在地である東京を管轄する東京地方裁判所に訴えを提起できますが、差止請求については、西日本を管轄する大阪地方裁判所にしか提起できません(民事訴訟法6条1項)。このようなケースでは、応訴管轄[iv]を狙うことも一案ですが、原則として差止請求と損害賠償請求を分けるという方法は取りにくくなります[v]

 その他、差止請求と損害賠償請求を分ける場合、併合請求する場合に比べて、提出する書類の数が多くなったり、貼用印紙額が多少高くなったりする等の手続面でのデメリットもありますが、差止判決を早期にもらうことが目的である場合には、最も有用な訴訟戦略であるといえます。

平田


 

[i] 2段階審理方式とは、第1段階において特許権の侵害の有無(無効論を含む。)を審理し(侵害論)、侵害の心証を得た後に、第2段階として損害額の審理(損害論)に入る(非侵害の心証を得た場合には損害論に入らない)という運用のことです。

[ii] 特許権侵害行為差止めの仮処分申立てを行うことにより、早期に仮処分決定をもらうという方法もありますが、仮処分決定を得るには、高額な担保金を供託する必要があるというデメリットがあります。

[iii] 東京地方裁判所であれば民事第29部、第40部、第46部、第47部のいずれかに係属します。

[iv] 原告が管轄のない裁判所に訴訟提起した場合、被告が管轄違いの抗弁を提出せずに応訴すれば、その裁判所に管轄が認められます(民事訴訟法12条)。

[v] 併合請求管轄に関する定め(民事訴訟法7条)により、1つの訴えで複数の請求を行う場合、そのうちの1つの請求について管轄権を有する裁判所に対して訴えを提起できます。そのため、差止請求と損害賠償請求とを1通の訴状にまとめて併合請求すれば、原告の本店所在地を管轄する裁判所である東京地方裁判所に訴えを提起することができます。

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