弁護士ノート

lawyer notes

管理施設内での動画撮影を止められるか?(クレーマー対策)

2020.08.19 弁護士:弓削田 博 民事介入暴力

昨年(令和元年)末,民暴委員会の一員として,大田区役所職員の方々を対象に,行政不当要求対応研修会の講師を務めさせていただきました。この研修会は,区役所のインハウス弁護士による講義,民暴委員会所属弁護士による寸劇,グループ討議,弁護士が区民に扮したロールプレイなどで構成されており,私は,寸劇では区民側のリーダー役,ロールプレイでは区民に随伴してきた怪しい議員秘書役を演じさせていただきました。ほぼ午後一杯の長時間にわたる研修会であったにもかかわらず,大田区役所職員の方々が皆さん最後まで熱心に参加されている姿が非常に印象的でした。これは,区役所職員の方々が困った区民の対応で日常的にご苦労されていることの裏返しと言えるかもしれません。

今回ご紹介する判例(千葉地方裁判所令和2年6月25日判決)も,そんな困った住民への対応に関する事案です。

今や誰でも簡単に動画を撮影し,ネットにアップできる時代です。そうなると,スマホのカメラやビデオカメラで役所の職員を撮影する住民が出てくるのは,やむを得ない当然の流れでしょう。上記した寸劇でも,区民が区役所職員をスマホで動画撮影する場面を作りました。

本件は,千葉県の船橋市役所が舞台です。生活保護受給者であった船橋市の男性が,就労自立促進を指示するなどした市職員の対応に不満を持ち,市庁舎内で動画を撮影し,市役所職員を侮辱する発言する等の行動を繰り返しました。そこで,船橋市は,当該男性を被告として,市庁舎内での動画撮影の禁止を求めて千葉地裁に提訴しました。被告となった当該男性は,動画撮影行為は憲法21条で保障された知る権利の行使として市職員による職務上の不正を監視するなどの目的に出たものである等と反論しましたが,千葉地裁は,当該男性が船橋市の許可なく市庁舎内で撮影することを禁止するとの判決を言い渡しました。

千葉地裁は,本件の判決中で,「当該男性による動画撮影行為には知る権利の行使としての側面があるものの,行為態様等に照らすと権利行使として相当と認められる限度を超えており,市の業務に及ぼす支障の程度が著しく,事後的な損害賠償を認めるのみでは市に回復の困難な重大な損害が発生する」と述べています。判決文には,当該男性に対応するのに要した市職員の対応人数や時間(合計101時間28分)の一覧表,YouTubeにアップされた動画の一覧表(全65タイトル)及び市職員の対応における具体的なやりとりが別紙として添付されており,一見しただけで市職員の方々のご苦労が痛いほど伝わってきます。「権利行使として相当と認められる限度を超えており,市の業務に及ぼす支障の程度が著しく」との千葉地裁の判断は,首肯するよりほかありません。

ただし,本件の判決には,オマケが付いておりまして,船橋市の主位的請求(第1順位で求めた請求)は棄却されて,予備的請求(第2順位の請求)が認容されています。船橋市は,主位的請求において無条件での撮影禁止を求めたのですが,裁判所は,船橋市庁舎管理規則によれば「庁舎管理者が必要があると認める限りにおいて,庁舎内における撮影を禁じていない」ことなどを理由に,市の許可がないことを条件に撮影禁止を命じました。とはいえ,当該男性のように規則違反行為を繰り返している場合に市が許可をすることなどあり得ませんから,本件においては,実質的な結論には変わりがないと言えるでしょう。

また,本件では,前記庁舎管理規則において,市庁舎内での撮影禁止が明文で規定されていたのですが,同規則の存在のみが動画撮影禁止命令の理由となったわけではなく,「権利行使として相当と認められる限度を超えており,市の業務に及ぼす支障の程度が著し」いことが主たる理由ですので,撮影禁止規則の有無は結論にあまり影響しないものと考えられます。

気になる本件の判決の射程ですが,上記した主たる理由からすれば,地方自治体のみならず,民間企業にも及ぶものと思われます。当該男性は,再三,市職員から動画撮影の停止と市庁舎からの退去を求められたのに応じなかったために,建造物侵入罪で現行犯逮捕もされています。悪質なクレーマーや反社会的勢力に対しては,王道ではありますが,結局,刑事と民事,この両輪で抜本的に解決する必要があります。

(弓削田)

 

 

 

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