弁護士ノート

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特許権侵害訴訟における二段階訴訟制度に魅力はあるか?

2020.10.22 弁護士:弓削田 博 知的財産訴訟

私が所属している弁理士会のワーキンググループで,「二段階訴訟制度」が今後議論されるテーマとして挙がっていました。今回は,この「二段階訴訟制度」について簡単にお話ししたいと思います。

特許権侵害訴訟においては,侵害行為の差止請求のみを行う場合もありますが,差止請求とともに損害賠償請求を行う場合もあります。差止請求とともに損害賠償請求をする場合,裁判所では,まず本当に特許権侵害行為があるかどうかを審理します。そして,特許権侵害行為の存在が認定された場合,裁判所による口頭での心証開示または中間判決がなされ(中間判決が下されるケースは稀ですが),その後,特許権侵害による損害はいくらであったかを審理します。実務では,前者を「侵害論」の審理,後者を「損害論」の審理と呼び,総称として「二段階審理」と呼んでいます。「侵害論」の審理では,技術的範囲の属否(文言侵害・均等侵害の有無)や特許の無効理由の有無,抗弁の有無などが審理され,「損害論」の審理では,限界利益の金額や推定覆滅事情の有無などが審理されます。審理すべき争点が多い「侵害論」の審理期間がとても長く,損害額を認定するだけの「損害論」の審理は短期間で済むというイメージをお持ちの方もおられるかもしれませんが,現実には「損害論」の審理もかなりの長期戦となります。「損害論」の審理だけで1年を要する裁判もざらにあります。そうすると,できるだけ早く特許権侵害行為を差止めたいのであれば,特許権者としては,差止請求訴訟のみを提起することになります。

一方,近時,「二段階訴訟制度」が話題となっています。これはドイツなどの訴訟制度を参考にしているそうです。概要を述べますと,①まず,特許権者は差止請求と損害賠償義務確認の訴えを提起し(第一訴訟),第一訴訟判決の確定後,②特許権者が損害額支払訴訟を提起する(第二訴訟)というものです。つまり,損害賠償に関して,第一訴訟では債務存在確認の訴えを提起し,第二訴訟では給付訴訟を提起するということです。通常,端的に損害賠償請求をすれば特許権者の損害は填補されるので債務存在確認の訴えには訴えの利益が認められていませんが,これを肯定することになります。

上記のとおり,可及的早期の差止めを求めるのであれば,現行制度の下でも,差止請求訴訟さえ提起すれば良く,損害賠償請求もしたいのであれば,差止認容判決が出た後に改めて損害賠償請求訴訟を提起すればいいだけですので,一見,わざわざ「二段階訴訟制度」なる新制度を設ける意味がないようにも思えます。

私も最初,不遜にも,外国の真似をして格好付けたいだけじゃないか・・・などと思ってしまいました。

しかし,急いで特許権侵害行為の差止めを求めたいけれども,損害賠償請求の消滅時効の進行も止めたいという場合には,差止請求訴訟の提起だけでは対応できません。損害賠償請求訴訟を提起しないと損害賠償請求の消滅時効の完成は猶予されないからです。

「二段階訴訟制度」では,この問題が解消され,第一訴訟では「損害論」の審理がないために早期に特許権侵害行為の差止めができ,損害賠償義務確認の訴えも併せて提起しているので,損害賠償請求の消滅時効の完成も猶予されます。これは,特許権者の権利救済にとって大きなメリットがあると言えます。

できるだけ早く特許権侵害行為の差止めをしたい場合には差止請求訴訟のみを提起すべしと述べましたが,本案訴訟(本訴)提起以外に,特許権侵害行為差止めの仮処分申立てという手段があります。そこで,損害賠償請求もしたいが権利救済も急ぐお客様には,差止請求・損害賠償請求の本訴提起と同時に特許権侵害行為差止めの仮処分申立てをお勧めしています。この場合,裁判所は,本訴の審理と仮処分の審理を事実上同時進行させ,特許権侵害の心証形成ができた場合には,「損害論」の審理が続く本案の判決に先んじて特許権侵害行為差止めの仮処分決定を下します。これにより早期に特許権侵害行為を差し止めることができます。

仮処分手続は暫定的な仮の手続きですので,通常の仮処分では,後日本案訴訟で結論が覆って仮処分執行が違法となり,損害賠償請求の制裁リスクがあり得ますが,本案訴訟との同時申立ての場合には,仮処分決定を下す裁判所自身が本案訴訟も審理しますので,そのリスクはほぼありません。

仮処分申立ては,印紙代がたったの2000円であったり,仮処分執行を停止させる手続きがないなどのメリットがありますが,仮処分決定を得るには,担保金を供託する必要があり,この担保金が高額となるケースも少なくありません。特許権者の資金に余裕がない場合には選択できない手段となってしまいます。

そうすると,「二段階訴訟制度」はやはりちょっと魅力的です。

(弓削田)

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