弁護士ノート

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押印と契約書③〜コロナ禍終息後の知財関係書類

2020.07.03 弁護士:神田 秀斗 その他の知的財産関連業務

1 「電子署名」
電子署名法第2条1項は、「電子署名」の意義について、以下のとおり規定しています。

「この法律において「電子署名」とは、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいう。
一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。
二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。」

また、繰り返しになりますが、電子署名法第3条は、以下のとおり規定しています。

「第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。」

したがって、電子署名法第3条にいう「電子署名」の要件は、以下の4つです。
① 電磁的記録に記録することができる情報に関する措置であること
② 当該情報が本人作成であることを示すものであること
③ 当該情報が改変されていないことを確認できるものであること
④ 当該情報について行われる措置が本人のみが行うことができるものであること

①は簡単です。要は紙ではなく、データということです。
②は本人証明、③は非改ざん証明です。現在ではいわゆる公開鍵暗号技術が用いられており、詳細は割愛しますが、一般に流通する公開鍵と、当人のみが持ちうる秘密鍵を対照することにより、当人の電子署名と判定する方式です。
③は、公開鍵暗号技術であれば、公開鍵が本物か(本人の物か)否かに関する要件であり、これは、認証機関に公開鍵を預けて認証することが想定されています。
以上のとおり、公開鍵暗号技術と認証制度を併用することにより、電子署名法第3条の「電子署名」となり、民事訴訟法第228条第4項の「押印」の代わりとなります。

2 押印と電子署名の使い分け
電子署名法第3条と民事訴訟法第228条第4項は矛盾するものではないので、紙での契約書と電子署名が付された電子契約のいずれも、民事裁判における証拠としての効力は同様です。では、これらをどのように使い分けていくべきでしょうか。
今後の民事裁判における立証に関わってくることですので難問ですが、個人と企業では対応が異なるように思われます。個人が金銭消費貸借契約書や遺産分割協議書を作成するにあたって、わざわざ電子署名サービスを利用して多数の契約書をさばくことは少ないでしょうから、従前どおり押印による契約書が残っていくと考えられます。
他方で、企業にとって、電子署名は今後間違いなく増えていくと思われますが、電子署名の方式が裁判所において受け入れられるには時間を要すると思われますので、例えば取引の重要性(取引相手や取引額等)に応じて電子署名と紙契約書を使い分けていくことが無難な予想でしょうか。中小企業等(個人の方も含みます。)では電子署名を導入する経済的負担から、押印原則がしばらくは継続していくと予想されます。

3 知財業界ではどうか?
本題が遅くなりましたが、知財業界では、押印の扱いはどうなっていくのでしょうか。知財が絡む契約としては、ライセンス契約や譲渡契約、共同開発契約等がありますが、こちらも「契約」であることに変わりない以上、「電子署名」がなされる限り、電子署名法に基づき真正に成立したことが推定されます。例えば、ライセンサーは一人ですが、ライセンシーは複数代理店のように振る舞うことにより商品を全国展開する例もあり、多数の契約締結の面倒さを避けるため、電子署名によるライセンス契約等は今後増えていくのではないでしょうか。
また、対特許庁との関係でいうと、特許庁に提出する出願は、オンラインでも可能な扱いになっています(http://www.pcinfo.jpo.go.jp/site/https://www.jpo.go.jp/system/process/shutugan/pcinfo/hajimete/index.html)。今後、(包括)委任状についても電子署名が可能となるとさらに出願のスピードが上がるかもしれません。
特許庁に提出する単独申請承諾書や譲渡証書等はどうでしょうか。こちらの書面を法的に検討すると、一方当事者の意思表示を書面化したものと考えられます。契約とは、申込みの意思表示と承諾の意思表示が合致したものですので、その一部分である一方当事者の意思表示を電子書面で行うことは法的には可能です。
他方で、権利放棄証書等、権利関係の処分に関する手続を証する書面や無効審判請求書等の法的に重要な手続を開始する書面については、今後も押印が必要となるという対応が予想されます。
いずれにせよ、いくら電子署名が法的に有効であっても、これを特許庁が受け入れなければ意味がありません。こちらは、特許庁の対応を待つほかないところが歯がゆいところです。

(神田)

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