弁護士ノート

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AIは発明者になれないとした裁判例と今後特許訴訟で起こるかもしれないこと

2024.06.03 弁護士:河部 康弘 一般企業法務

 最近、AIは発明者になれないとした東京地方裁判所令和6年5月16日判決(令和5年(行ウ)5001号)が公開されて、話題になっています。そこで、今回は、「AIは発明者になれない」という解釈が、特許訴訟で意味を持つとしたらどんな場面が想定できるのかを考えてみたいと思います。

 今回の裁判では、原告が発明者の氏名として「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載したから、AIが発明者になれるのか否かという争点が直接争われ、少なくとも地裁判決では、AIによる発明では特許権を取得できないという結論になりました。
 もっとも、願書に記載されている発明者が実際に当顔発明をしたかを詳細に検討しない現在の審査実務では、今回の裁判のように正面から発明者に「人工知能」と記載せず、発明者欄に、例えばAIに必要事項を入力した自然人の名前を書いてしまえば、発明者の問題はスルーされて審査が開始され、特許権を取得できるでしょう。というか、わざわざ発明者として「人工知能」と記載した本件の方が例外的で、本当に特許権を取得したいのであれば、自然人の氏名を記載するのではないかと思います。
 そうすると、今後、実際は発明をしていない者が発明者と記載された(特許法上の発明者かともかく、事実としての発明者はAI)特許が出現することが考えられます。
 このような特許が出現したとして、特許訴訟の場面では、どのような形で争点になるか?ぱっと思いつくのは、以下の2つです。

① 新たな無効論:AI発明の抗弁?
 1つ目は、特許権侵害訴訟で、「本当は●●は発明者ではない。本件特許発明の実際の発明者はAIであり、●●は何もしていない。だから冒認出願であり、本件特許発明は無効である。」という主張が被告側からなされることです。
 条文でいうと、発明者欄に記載された者が発明者ではない=特許を受ける権利を有しないから、特許法123条1項6号で無効にできるという論理です。
 もっとも、被告側は通常発明の過程についての証拠を有していないので(研究開発は原告内部で行われているため)、そう簡単には立証できなさそうです。
 今後AIによる発明と自然人による発明との違いが明らかになってくれば、「こういう特徴があるからAIによる発明かもしれないという合理的な疑いがある。だから原告側でAIによる発明ではないことについて、証拠を示して積極的に説明をすべきである。」といった論理で無効にできるケースが出てくるかもしれません。

② 職務発明の相当対価を払いたくない・・・発明者性の否定?
 2つ目は、職務発明の相当対価請求訴訟において、被告側から、「AIは発明者になれないから便宜上自然人である原告の名称を発明者欄に記載しただけで、原告は実際には発明者ではない。したがって、原告は職務発明の相当対価を請求する権利を有しない。」という反論がなされることです。
 この場合、研究開発は被告たる企業の内部で行われているため、内部に証拠が十分に残っていることも多く、AIが発明をしていて原告は発明者ではないことを立証できる場合も多そうです。

 もっとも、AIを実験器具やパソコンと同じ道具にすぎないと捉えれば、AIに適切な入力をしたことをもって発明の創作に実質的な貢献をした=発明者であるとする解釈も成り立つような気もしますし、そのような解釈を前提とすれば、AIが発明したかどうかはあまり関係なく、誰がAIに発明をさせるための適切な入力をしたのかという事実認定の問題に帰着し、今の裁判と大して変わらないことになるのかもしれません。
 実際、日本政府の生成AIと知的財産に関する検討会の中間とりまとめでは、発明の特徴的部分の完成に創作的に関与したと認められる人間を発明者と認定すべきだとしていると、報道がありました(AI創作物「人間が発明者」 知財計画に見解反映へ―政府:時事ドットコム (jiji.com))。

 今後こういった事例が出てくるのか、私が実際に携われるかは分かりませんが、頭の体操として考える分には、面白い内容です。

河部

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