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契約書は、冗長で読みにくい文章になりがちです。
これは日本語に限らず英語圏でも同様です。米国のロースクールでは法律家はPlain Englishを使うようにと指導されます。
法律家向けPlain Englishのスタンダードな文献として、書名がズバリですが、Richard Wydick & Amy Sloan, Plain English for Lawyers [Sixth Edition],Carolina Academic Press, 2019があります。
しかし、米国に比べて日本ではPlain Japaneseでのドラフティングについて語られることは少ないように感じます。
そこで、今回は、当職のPlain Japaneseに対する熱い想いの一端をご紹介します。
1.なぜPlain Japaneseか?
契約書の目的については色々な整理の仕方がありますが、①契約当事者間における行為規範の明確化と②危急時又は紛争発生時における裁判規範の明確化の2つの目的に整理するのが分かりやすいと思います(田中豊『法律文書作成の基本』(日本評論社、2011)306頁以下参照)。
つまり、契約書は、当然といえば当然ですが、人に読まれることを目的とした文書です。
人が文書を読むときには、長い文章より短い文章のほうが認知負荷は低いとの研究結果があります(吉村宰=植野真臣「テキストメディアに伴う認知負荷の内容理解への影響」日本教育工学雑誌17巻4号(1994)175頁)。
これは感覚的にも理解できると思います。文章術の文献では必ずといってよいほど「1文は短く」ということが推奨されています(木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書、1981)118頁以下)。
認知負荷が低いほうが読みやすくなるので、契約書の目的からして望ましいわけです。
2.Plain English−とりあえずこれだけ!
まず、Plain Englishについても少しだけご紹介します。英文契約では「may」で権利であることを、「shall」で義務であることを明確にするとよく解説されます。これを徹底するだけでもかなり英文契約書が読みやすくなります。
以下は、私がPlain Englishを意識してリスト化している用例の一部です。これだけでも相当にスッキリとした英文になります。
【Plain English用例】
NG | OK | Remarks |
---|---|---|
(Hereinafter referred to as “XXX”) | (the “XXX”) | Ross Guberman & Gary Karl, Deal Struck: The World’s Best Drafting Tips, Legal Writing Pro, 2014, p.52 |
Shall be entitled to Shall have the right to |
May | Deal Struck, p.20 |
– The parties acknowledge and agree that – The party agrees to |
Shall Shall not |
Deal Struck, p.17 |
shall mean | means | 定義条項 Deal Struck, p.52 |
In the event that | If | Plain English for Lawyers, 5th ed., p.11 |
hereto | CUT | |
Prior to | before | Plain English for Lawyers, 5th ed., p.11 |
In accordance with | under | Plain English for Lawyers, 5th ed., p.11 |
In order to | to | Plain English for Lawyers, 5th ed., p.11 |
set forth in | in | |
said | the | Plain English for Lawyers, 5th ed., p.59 |
3.Plain Japanese−「ものとする。」は本当に必要か?
私は、日本語についてもPlain Japaneseリストをつくっています。
日本語では「できる」で権利であることを、「ものとする。」で義務であることを明確にする。これが基本です。
特に、この「ものとする。」は、英語のshallとの対応関係を意識して使用されているのが一般的でしょう(原秋彦『法律実務家が知っておきたい作法』(商事法務、2015)128頁以下、原秋彦『ゼロからわかる契約書のつくり方』(PHPビジネス新書、2009)182頁以下)。
この「ものとする。」用語法自体には意味があると思いますが、これが行き過ぎて、とにかく「ものとする。」が過剰に使用されている契約書が非常に多いように感じています(福井健策『ビジネスパーソンのための契約の教科書』(文春新書、2011)177頁以下参照)。
「ものとする。」の注意点を私なりに整理すると次のとおりです。
注意点1:権利であれば「ものとする。」と表記する必要はない。
権利であれば、「〜できる。」と規定すれば十分権利であることは明確です。
例:「秘密情報を開示することができるものとする。」(✕)
→「秘密情報を開示することができる。」(○)
注意点2:義務であることが明らかであれば、重ねて「ものとする。」と表記する必要はない。
例えば、「義務を負う」と書いてあれば義務であることはすでに明確になっています。さらにいえば、「損害を賠償する。」のような給付行為の表現であれば、「ものとする。」と書かずとも義務であることは明らかです(『ビジネスパーソンのための契約の教科書』178頁)。
例:「損害を賠償する義務を負うものとする。」(✕)
→「損害を賠償する。」or「損害を賠償する義務を負う。」 or 「損害を賠償するものとする。」(○)
同様に、「責任を負うものとする。」、「負担するものとする。」とはしないものとする。「責任を負う」、「負担する」で義務であることは明確だからです。
なお、「しなければならない」も無駄に強い表現であり、基本的には使う必要はありません(『ゼロからわかる契約書のつくり方』183頁)。ただ、個人的には特に重要な義務であることを強調したい場合には使ってもよいとは思います。
例:「返却しなければならないものとする。」(✕)
→「返却するものとする。」(○)
注意点3:義務でないのに「ものとする。」と表記する必要はない。
[1] 定義条項
例:「をいうものとする。」(✕)
→「をいう。」(○)
[2] 優先関係を規定する条項
例:「個別契約の規定を優先するものとする。」(✕)
→「個別契約の規定を優先する。」(○)
[3] 準用条項
例:「前項の規定を準用するものとする。」(✕)
→「前項の規定を準用する。」(○)
「基本契約を適用するものとする。」(✕)
→「基本契約を適用する。」(○)
[4] 包含関係
例:「含まれるものとする。」(✕)
→「含む。」(○)
「含まないものとする。」(✕)
→「含まない。」(○)
【Plain Japanese用例】
NG | OK | Remarks |
---|---|---|
できるものとする。 | できる。 | |
義務を負うものとする。 | 義務を負う。 | |
責任を負うものとする。 | 責任を負う。 | |
負担するものとする。 | 負担する。 | |
しなければならないものとする。 | するものとする。 or しなければならない。 |
『ゼロからわかる契約書のつくり方』183頁 |
〜をいうものとする。 | 〜をいう。 | 定義条項 |
優先するものとする。 | 優先する。 | 優先関係を規定する条項 |
準用するものとする。 | 準用する。 | 準用条項 |
適用するものとする。 | 適用する。 | |
含まれるものとする。 | 含む。 | 包含関係 |
含まれないものとする。 | 含まない。 |
いかがでしたでしょうか。今回は、「ものとする。」を中心にお届けしました。ぜひPlain Japaneseを広めてスッキリとした分かりやすい契約書を作成しましょう!
弁護士 木村 剛大